人形劇やテレビ番組などで、マリオネット=操り人形が、トコトコと動く姿を見たことがある人は多いと思います。しかし、実際に見る機会もさることながら、こんなに動き、踊り、飛び跳ねるマリオネットを見たことがある人はどれくらいいるでしょうか?
バンドの音楽に合わせて踊ったり、イベントの司会進行をしたり、ジャンルやシーンを超えて、じわじわとその独特な存在感をあらわしている人形のトートン。そのトートンに出会い、トートンを操るうちに人形使いとなった人がいます。
記者
待っていたトートン
たぶん「かわいい」けど、やけにリアルで、毛もすごくバサバサしている。
1990年、長野県に生まれ静岡で育ったナカタさんは当時、横浜の大学に通う4年生。
飯田橋の印刷屋さんに寄った帰り、「パペットハウス」というお店が気になり、その扉をくぐります。
たくさんの人形たちのなかで、やけに「いい顔してた」という一体が目に止まったナカタさん。ジャズバンドのピアニストでもありました。
いつのまにか「誰も直感的に楽しめていないのでは?」と思うようになります。
と考えていたナカタさん。
頭の中に数日ひそんでいた「いい顔」の人形は、まだお店にいるだろうかー
そうしてお店に電話をかけ、それからナカタさんと「トートン」は、たくさんの場所へと出かけていくことになるのでした。
記者
アイ アム トートン
マリオネットは、その構造によって使い方がそれぞれ異なっているため、教則本や教則ビデオなどはありません。
人のマリオネットを動かしているのを見ても、あまり参考にならないと分かったナカタさん。
クリック(メトロノーム)をいろいろなテンポで鳴らしながら、鏡の前でひたすらトートンと向き合います。(まるでストイックなミュージシャンです)
2012年の横浜ジャズプロムナードにバンドで出演したナカタさん。ある1曲だけ、ピアノから離れます。トートンがデビューした瞬間でした。
記者
ほどなくして、ナカタさんは大学を卒業し、フィンテック企業に就職します。
そんな生活の変化から、2年ほどバンドから離れていたナカタさんですが、誘われてトートンとともに、またライブに出演するように。
そうして2015年、渋谷ズンチャカの舞台袖にいたナカタさんとトートン。その出番の1つ前は、ワースレスというバンドでした。
教科書はブルース・リー
メンバーの、双子の妹さんのほうから、サポートで入ってくれないか、と誘われたナカタさん。
数週間後の下北沢の商店街で、トートンは踊っていました。ギターやウクレレ、バンジョーや洗濯板など、たくさんの楽器が奏でるワースレスの賑やかな音楽に合わせて。
記者
音楽に合わせて「キレのある動き」をするために、日々、速く正確に動かす(動く)訓練をしています。
そのために、太極拳や格闘技、中国拳法や空手の演武などをよく見ているそうです。
「止まる」と「動く」を繰り返す演武。そのスピードの落差に、トートンが踊るときの鍵を見出しました。
振り付けを考えるときも、即興で動くときにも、そういった演武のような動きが、参考になっているようです。
では、トートンと一緒に、ブルース・リー映画の研究をどうぞ。
今週末の司会進行係に向けて、
あの人について勉強中です。
あの人。 pic.twitter.com/QuDDyZoUpT— ナカタマリオネット事務所 (@nakatajikatabi) November 15, 2017
トートンへの道
会社はその頃、東証一部に上場も果たし、新規事業を担当していたナカタさんは、毎週のように週の中頃は地方へ一人で出張。
主に、全国のバス会社をまわり、新しい決済システムの営業をしていました。
「朝起きると自分がどこにいるのかわからなかった」という激務の日々。
古くからあるためか、伝統を重んじる、保守的な社風が多かったバス会社。
経営の難しくなっている地域もある中でしたが、新しいことを提案し、それを受け入れてもらうのは、容易ではなかったようです。
それはまるで、ジャズという歴史ある音楽のなかで、マリオネットを取り入れ、実験的な試みをしているときのようだった、とナカタさんは言います。
記者
ワースレスの音楽とトートンの相性はとても良く、また2016年から東京都のヘブンアーティストにも認定されたワースレスも、とても忙しくなってゆきます。
平日にライブがある日は、可能な限り有給を使ったり、夜に間に合いそうなときは、トートンを持って会社へ。
ちなみに、ワースレスは「もやもやサマーズ2」にも出演しますが、会社の人には「とくに気づかれなかった」そうです。
しかし、仕事との両立はとても難しく、またずっと企画や設計に携わりたいと思いながらも、90%は営業をしていたナカタさん。もっと設計に携わるには、地方の支社へ行かなくてはならず、今年の6月に退職。
ワースレスと、トートンと、活動をともにしながら、好きな仕事を探す道を選びました。
今は上野にあるコワーキングスペースで、UI(ユーザーインターフェイス)の模写をしながら、月の10日くらいはステージに立っている毎日。
「気持ちのゆとりを思い出した」と、すごくムリをしていたことに気付いたそうです。
記者
トートン危機一発
肩を脱臼してしまいますが、自分で戻せたそうです(どうなってるの?)
しかし戻したあとが痛いのだそうで、1週間休養。肩をベルトで固定しながら復帰しますが、そうして出演したエコライフ・フェア2018で、今度はトートンの首がとれてしまうという大事件が!
そして緊急入院することになったトートンですが、実はトートンが入院するのはこれで3回目。
そもそも、マリオネットにとって、こんなに早くてキレのある動きは全くの想定外なのです。
トートンが入院する先は、トートンの作者であり、名付け親であるkinokosupa(キノコスパ)(以下キノコスパ)さんのところ。
「こんなに激しく使っているから」よく入院してしまうけれど、「こんなにたくさん使われているマリオネットはない」と言ってくれているそうです。
記者
キノコスパさんは、「1キャラクター1体」のいろいろな人形を作りながら、最近では埼玉県に実店舗「マリオネットと人形店」をオープン。
かわいい人形を作る時期と、ちょっとユニークな人形を作る時期と、周期があるそうです。
トートンがどちらの時期に作られているか、というと“ユニークな時期”になるそうですが(…トートン、かわいいよ!)その“ユニークな時”こそが、ナカタさん曰く「キノコスパさんの真骨頂」。
とナカタさんは言います。
今回の入院で、関節や顔の表面など大幅な改造手術を経て、全体的にしっかりしたというトートン。小さな子どもの10人に1人は「泣かしている」そうです。
燃えよトートン
「顔のパーツだけを他のものにあてはめてもトートンだと分かる」ほど、キャラクターが強いトートン。たしかに、壁にトートンの顔があっても、ああトートンいま壁になってるんだな、と思えそう(?)ですね。
ワースレスのお客さんには、家族連れが多いそうですが、不思議なことに0才〜2,3才くらいの子どもは、トートンを見ても泣いたりせず、むしろナカタさんのことをじっと見ているそうです。
マリオネットとそれを操る人がいたときに、マリオネットのほうを見て、操る人のほうをあまり見ない/見てはいけない、と思うのは、なにか社会生活を積んでいく上で身につける、暗黙の了解のようなものなのかもしれませんね。
記者
3才ごろから、不気味さを理解するのか、泣いてしまう子がいるようです。
そんなトートンを触りたい子どもたちに、ナカタさんは自ら近づいていくといいます。
楽器に触ろうとする子どもには「触ってはダメ」と注意する親御さんですが、それがトートンになると、「触っておいで」と言う人たちも少なくないそうです。
人形=子どもたちを楽しませる存在、と認識されているのでしょうか。
子どもたちが近づいてくると、客席に降りていって、トートンのほうから子どもたちを触りにいくことで、ナカタさんはトートンを守っています。
そうして、いろいろなところでトートンを踊らせるナカタさん。
そのうち、みんなが「ニヤニヤしはじめる瞬間」があり、また、みんなが「スマホを取り出しはじめる瞬間」があると言います。
記者
トートンのくれた物語
ナカタさんは、昔に憧れていたり、Youtubeで見ていたミュージシャンと、演奏の打ち合わせをしていたりする自分のことを、ジブリ作品の「耳をすませば」で、猫についていって地球屋に辿りついた主人公のようだ、と言います。
もともとジャズのような“ややこしい”音楽を、楽しくしたいと、手にとったトートン。
これからも、いろいろなジャンルの音楽に合わせて踊ったり、動く舞台美術として舞台に参加したり、ミュージックビデオにも出演したい、と夢はふくらむばかり。
「マリオネットそのものの“のびしろ”を感じる」というナカタさん。人形劇以外の使い方を、今日も模索しています。
踊れる絵本
都立大学にあるニジノ絵本屋さんで、定期的にイベントを開催したり、絵本の読み聞かせを行ってきたワースレス。
絵本についているQRコードから音楽がダウンロードできるという、とても現代的な絵本なのだそうです。
11月には絵本の発売を記念して「ニジノ大音楽会」が開催されますが、すでにチケットはソールドアウト。すごい人気です。
記者
ナカタさんとトートン
https://www.instagram.com/nakata_marionette_jimusyo/
https://twitter.com/nakatajikatabi
ワースレス
https://www.instagram.com/theworthlessjp/
https://twitter.com/TheWorthlessjp
https://www.facebook.com/higeTheWorthless/
キノコスパさんのオンラインショップ
https://kinokosupa.thebase.in/
最後に、トートンが一体どんな動きを習得したのか、こちらの動画をご覧ください。
対話のすヽめインタビュー#002は、より速くてより正確な動きのために、「遅い動き」に取り組んでいるという、やっぱりストイックなナカタさんとトートンでした。
記者
トップ写真: Photo by Cotsume