インタビュー#002 人形使いナカタ氏と「Don’t think, トートン」

ナカタマリオネット事務所

人形劇やテレビ番組などで、マリオネット=操り人形が、トコトコと動く姿を見たことがある人は多いと思います。しかし、実際に見る機会もさることながら、こんなに動き、踊り、飛び跳ねるマリオネットを見たことがある人はどれくらいいるでしょうか?

バンドの音楽に合わせて踊ったり、イベントの司会進行をしたり、ジャンルやシーンを超えて、じわじわとその独特な存在感をあらわしている人形のトートン。そのトートンに出会い、トートンを操るうちに人形使いとなった人がいます。

記者

対話のすヽめインタビュー#002、人形使いのナカタケンスケさんにお話を聞きました。

待っていたトートン

人形使いナカタ氏と「Don’t think, トートン」

トートン

この愉快に笑っているようにも、なにか哲学的なことを考えながら微笑しているようにも見える不思議な表情。

たぶん「かわいい」けど、やけにリアルで、毛もすごくバサバサしている。

1990年、長野県に生まれ静岡で育ったナカタさんは当時、横浜の大学に通う4年生。

飯田橋の印刷屋さんに寄った帰り、「パペットハウス」というお店が気になり、その扉をくぐります。

たくさんの人形たちのなかで、やけに「いい顔してた」という一体が目に止まったナカタさん。ジャズバンドのピアニストでもありました。

ナカタさんとトートン

ナカタさんとトートン

人の演奏と自分の演奏が比較されたり、評論されたり。また自らも比較をしたり評論したり。

いつのまにか「誰も直感的に楽しめていないのでは?」と思うようになります。

まだ多くの人にとって直感的に楽しむ余地がある「未体験のこと」があれば、聴く人も演奏する人も楽しめるのではないかー

と考えていたナカタさん。

頭の中に数日ひそんでいた「いい顔」の人形は、まだお店にいるだろうかー

そうしてお店に電話をかけ、それからナカタさんと「トートン」は、たくさんの場所へと出かけていくことになるのでした。

記者

パペットハウスは当時、日本では唯一のマリオネット専門店だったそうですよ。

アイ アム トートン

人形使いナカタ氏と「Don’t think, トートン」
トートンの動かし方は、「手探り」だったそうです。

マリオネットは、その構造によって使い方がそれぞれ異なっているため、教則本や教則ビデオなどはありません。

人のマリオネットを動かしているのを見ても、あまり参考にならないと分かったナカタさん。

クリック(メトロノーム)をいろいろなテンポで鳴らしながら、鏡の前でひたすらトートンと向き合います。(まるでストイックなミュージシャンです)

2012年の横浜ジャズプロムナードにバンドで出演したナカタさん。ある1曲だけ、ピアノから離れます。トートンがデビューした瞬間でした。

記者

横浜ジャズプロムナードは、1993年からはじまっていて、とっても大きくて有名なジャズフェスですよ。
出番に備えるトートン

出番に備えるトートン

バンドメンバーはびっくりしつつも(そりゃそうです)とくに異議が唱えられることはなく(よかったの?)お客さんも喜んでいた、という初舞台。

ほどなくして、ナカタさんは大学を卒業し、フィンテック企業に就職します。

そんな生活の変化から、2年ほどバンドから離れていたナカタさんですが、誘われてトートンとともに、またライブに出演するように。

そうして2015年、渋谷ズンチャカの舞台袖にいたナカタさんとトートン。その出番の1つ前は、ワースレスというバンドでした。

MEMO
フィンテックは、金融(ファイナンス)と技術(テクノロジー)からなる造語で、お金とITに関するサービスなどを開発する技術やそれらを提供するビジネスのこと。例えば、スマホでのカード決済などに代表されます。

教科書はブルース・リー

TheWorthless(ワースレス)

TheWorthless(ワースレス)

TheWorthless(ワースレス)は、「幸せを呼ぶヒゲの音楽一座」として、2013年にオールナイトのトークイベント「ろくでもない夜」のオープニングアクトを務めるため結成。

メンバーの、双子の妹さんのほうから、サポートで入ってくれないか、と誘われたナカタさん。

数週間後の下北沢の商店街で、トートンは踊っていました。ギターやウクレレ、バンジョーや洗濯板など、たくさんの楽器が奏でるワースレスの賑やかな音楽に合わせて。

記者

「ろくでもない夜」は、キングコングの西野さんが開催していたイベントなんですって。
ブルース・リー映画を研究するトートン

ブルース・リー映画を研究するトートン

そして、すぐにワースレスのレギュラーメンバーになったナカタさんとトートン。

音楽に合わせて「キレのある動き」をするために、日々、速く正確に動かす(動く)訓練をしています。

そのために、太極拳や格闘技、中国拳法や空手の演武などをよく見ているそうです。

「止まる」と「動く」を繰り返す演武。そのスピードの落差に、トートンが踊るときの鍵を見出しました。

振り付けを考えるときも、即興で動くときにも、そういった演武のような動きが、参考になっているようです。

では、トートンと一緒に、ブルース・リー映画の研究をどうぞ。

トートンへの道

ケロリン洗面器に入るトートン

ケロリン洗面器に入るトートン

平日は朝の6時ごろから夜遅くまで仕事をし、土日はワースレスのメンバーとして様々なステージに立っていたナカタさん。

会社はその頃、東証一部に上場も果たし、新規事業を担当していたナカタさんは、毎週のように週の中頃は地方へ一人で出張。

主に、全国のバス会社をまわり、新しい決済システムの営業をしていました。

朝起きると自分がどこにいるのかわからなかった」という激務の日々。

古くからあるためか、伝統を重んじる、保守的な社風が多かったバス会社。

経営の難しくなっている地域もある中でしたが、新しいことを提案し、それを受け入れてもらうのは、容易ではなかったようです。

それはまるで、ジャズという歴史ある音楽のなかで、マリオネットを取り入れ、実験的な試みをしているときのようだった、とナカタさんは言います。

記者

あまりよく思わない人がいたり、準備をしていると笑われたりしたんですって。
会社のロッカーで待機するトートン

会社のロッカーで待機するトートン

平日はフィンテックというデジタルの世界に、土日はマリオネットというとてもアナログな世界に身を置いていたナカタさん。

ワースレスの音楽とトートンの相性はとても良く、また2016年から東京都のヘブンアーティストにも認定されたワースレスも、とても忙しくなってゆきます。

平日にライブがある日は、可能な限り有給を使ったり、夜に間に合いそうなときは、トートンを持って会社へ。

ちなみに、ワースレスは「もやもやサマーズ2」にも出演しますが、会社の人には「とくに気づかれなかった」そうです。

しかし、仕事との両立はとても難しく、またずっと企画や設計に携わりたいと思いながらも、90%は営業をしていたナカタさん。もっと設計に携わるには、地方の支社へ行かなくてはならず、今年の6月に退職。

ワースレスと、トートンと、活動をともにしながら、好きな仕事を探す道を選びました。

今は上野にあるコワーキングスペースで、UI(ユーザーインターフェイス)の模写をしながら、月の10日くらいはステージに立っている毎日。

「気持ちのゆとりを思い出した」と、すごくムリをしていたことに気付いたそうです。

記者

ワースレスさんは、BSのバカリズムさんの番組にも出演していますよ!

トートン危機一発

本を読むトートン

本を読むトートン

それまでのムリがたたったのか、張り詰めていたものが緩んだのか、道玄坂のアンティーク蚤の市での演奏中に、台から落ちてしまったナカタさん。

肩を脱臼してしまいますが、自分で戻せたそうです(どうなってるの?)

しかし戻したあとが痛いのだそうで、1週間休養。肩をベルトで固定しながら復帰しますが、そうして出演したエコライフ・フェア2018で、今度はトートンの首がとれてしまうという大事件が!

そして緊急入院することになったトートンですが、実はトートンが入院するのはこれで3回目。

そもそも、マリオネットにとって、こんなに早くてキレのある動きは全くの想定外なのです。

トートンが入院する先は、トートンの作者であり、名付け親であるkinokosupa(キノコスパ)(以下キノコスパ)さんのところ。

「こんなに激しく使っているから」よく入院してしまうけれど、「こんなにたくさん使われているマリオネットはない」と言ってくれているそうです。

記者

トートンの首がとれてしまったステージの数時間後、今度は飯能グリーンカーニバルのステージでトートンの代役を務めていた「ロバ夫」の首もとれちゃったんですって。
代役のロバオとボウとトートン

代役のロバオ(手前)とボウとトートン

そんなときにトートンの代役として出演するのが、前述のロバ夫(木工作家KIYATAさんの作品)やボウ。

キノコスパさんは、「1キャラクター1体」のいろいろな人形を作りながら、最近では埼玉県に実店舗「マリオネットと人形店」をオープン。

かわいい人形を作る時期と、ちょっとユニークな人形を作る時期と、周期があるそうです。

トートンがどちらの時期に作られているか、というと“ユニークな時期”になるそうですが(…トートン、かわいいよ!)その“ユニークな時”こそが、ナカタさん曰く「キノコスパさんの真骨頂」。

多くのマリオネットが、「動きはじめたときに動き出し、止まっているときは止まっている」のに対し、キノコスパさんのマリオネットは、「止まっていても動いている

とナカタさんは言います。

今回の入院で、関節や顔の表面など大幅な改造手術を経て、全体的にしっかりしたというトートン。小さな子どもの10人に1人は「泣かしている」そうです。

燃えよトートン

子どもたちに人気のトートン

子どもたちに人気のトートン

ナカタさんがトートンに惹かれた理由は、とにかく「いい顔してた」でしたが、その適度に写実的な顔に魅了されたと言います。

「顔のパーツだけを他のものにあてはめてもトートンだと分かる」ほど、キャラクターが強いトートン。たしかに、壁にトートンの顔があっても、ああトートンいま壁になってるんだな、と思えそう(?)ですね。

ワースレスのお客さんには、家族連れが多いそうですが、不思議なことに0才〜2,3才くらいの子どもは、トートンを見ても泣いたりせず、むしろナカタさんのことをじっと見ているそうです。

マリオネットとそれを操る人がいたときに、マリオネットのほうを見て、操る人のほうをあまり見ない/見てはいけない、と思うのは、なにか社会生活を積んでいく上で身につける、暗黙の了解のようなものなのかもしれませんね。

記者

大変興味深いです。

3才ごろから、不気味さを理解するのか、泣いてしまう子がいるようです。

男の子に絡むトートン

男の子に絡むトートン
Photo by Cotsume

しかし、多くは本番中でもさわろうとやって来る子や、じっと見ている子、遠くのほうからじーっと見る子も多いそうです。

そんなトートンを触りたい子どもたちに、ナカタさんは自ら近づいていくといいます。

楽器に触ろうとする子どもには「触ってはダメ」と注意する親御さんですが、それがトートンになると、「触っておいで」と言う人たちも少なくないそうです。

人形=子どもたちを楽しませる存在、と認識されているのでしょうか。

犬はちょっと怖いトートン

犬はちょっと怖いトートン

しかし、トートンは世界でたった1人しかいない貴重な存在。その値段も、決して安いわけではありませんが、それでも「安すぎる」と、トートンをよく知る人たちは感じています。

子どもたちが近づいてくると、客席に降りていって、トートンのほうから子どもたちを触りにいくことで、ナカタさんはトートンを守っています。

そうして、いろいろなところでトートンを踊らせるナカタさん。

そのうち、みんなが「ニヤニヤしはじめる瞬間」があり、また、みんなが「スマホを取り出しはじめる瞬間」があると言います。

記者

もしナカタさんがピアニストとして活躍していたら、こんなふうにピアノやイスから離れて、自由に動き回るというのは、きっとできなかったことですね。

トートンのくれた物語

ステージのトートン

ステージのトートン

いま、ワースレスだけでなく、様々なミュージシャンに誘われて、同じステージに立つナカタさんとトートン。

ナカタさんは、昔に憧れていたり、Youtubeで見ていたミュージシャンと、演奏の打ち合わせをしていたりする自分のことを、ジブリ作品の「耳をすませば」で、猫についていって地球屋に辿りついた主人公のようだ、と言います。

もともとジャズのような“ややこしい”音楽を、楽しくしたいと、手にとったトートン。

これからも、いろいろなジャンルの音楽に合わせて踊ったり、動く舞台美術として舞台に参加したり、ミュージックビデオにも出演したい、と夢はふくらむばかり。

マリオネットそのものの“のびしろ”を感じる」というナカタさん。人形劇以外の使い方を、今日も模索しています。

踊れる絵本

ニジノ絵本屋で佇むトートン

ニジノ絵本屋で佇むトートン

そんな中、ワースレスが今年の11月に「踊れる絵本」を発売することになりました。

都立大学にあるニジノ絵本屋さんで、定期的にイベントを開催したり、絵本の読み聞かせを行ってきたワースレス。

絵本についているQRコードから音楽がダウンロードできるという、とても現代的な絵本なのだそうです。

11月には絵本の発売を記念して「ニジノ大音楽会」が開催されますが、すでにチケットはソールドアウト。すごい人気です。

記者

一体どんな絵本なのか、これからのワースレス、ナカタさんとトートンからも目が離せませんね!

ナカタさんとトートン
https://www.instagram.com/nakata_marionette_jimusyo/
https://twitter.com/nakatajikatabi

ワースレス
https://www.instagram.com/theworthlessjp/
https://twitter.com/TheWorthlessjp
https://www.facebook.com/higeTheWorthless/

キノコスパさんのオンラインショップ
https://kinokosupa.thebase.in/

最後に、トートンが一体どんな動きを習得したのか、こちらの動画をご覧ください。

 

対話のすヽめインタビュー#002は、より速くてより正確な動きのために、「遅い動き」に取り組んでいるという、やっぱりストイックなナカタさんとトートンでした。

記者

気になるお店があっても、中をさりげなーく覗きながら何回か通り過ぎてしまう記者ですが、素敵な物語のはじまりは、すぐそばにあるのかもしれませんね。

トップ写真: Photo by Cotsume