インタビュー#001 美術家アサノジュンコさんと愛すべき壁たち

アサノジュンコ

やけにリアルな魚や鳥やたぬき、やぎ、うさぎ、猫にネズミたち。一枚のキャンバスの中で、繰り広げられている物語は、その四角形の隅々まで、目を凝らせば凝らすほどに、想像が膨らみます。

物語の主人公たちは、そのやけにリアルなんだけど、洋服を着ていたり、帽子を被っていたり、なにかを手に抱えたりしている様々な動物たち。「かわいい」けど、本当にかわいいのかどうかは、ちょっと分からない。

そして、その物語の背景には、いつも壁があるー

記者

対話のすヽめインタビュー#001、美術家のアサノジュンコさんにお話を聞きました。

富士山とおじいさん

アサノジュンコ

アサノさんの創作ノート

物心つく前から、何か白いところがあると落書きをしていた、というアサノジュンコさんは、1974年、神奈川県に生まれます。

小さい頃から、絵を描くのが好きで、漫画を描いたりイラストを描いたり、落書きは今でも毎日、(今は小さなノートに)しているそうです。

そんなアサノさんのおじいさんの趣味は、油絵。

よく富士山や花瓶などの絵を描いては、「またそんなつまらない絵を描いて」と、おばあさんに言われていたそうです。

画家って面白くないんだ、と思った小さなアサノさん。イラストレーターになろうと、高校を卒業したあと、東京の専門学校へと進みます。

図書室のシュールレアリズム

アサノジュンコ

アトリエにて

1993年に日本デザイン専門学校(現在の日本デザイン福祉専門学校)に入学したアサノさん。商業イラストレーターを目指していました。

デッサンやアクリル画、美術史などを学び、授業の課題には「かなりマジメに取り組んでいた」そうで、友達に授業に出るように怒ったりしていたそうです。

また学校の図書室では、たくさんの画集から影響を受けたそうで、とくに好きだったのはダリとブリューゲル。その影響からか、卒業制作などオリジナルの絵を描くときには、「シュールな独自路線がエスカレートしていった」そうです。

シュールレアリズムが好きだった、というアサノさん。攻撃的な絵は描いていなかったけど、「アクが強かった」と当時の自分の絵を振り返ります。

商業イラストはやらない、と決めた後は、プロのイラストレーターとして活躍する先生からも、「個性が出ているから、そのまま突き進め」と言われ、自分の絵を追求していくことになります。

記者

挿絵の仕事を求めて、出版社に絵を持ち込んだこともあったけど、商業イラストは向いていない、と「自分で感づいた」そうです。

不満な顔の表彰式

アサノジュンコ

アトリエの本棚

在学中から、グループ展に参加するなど、作品を描きためていたアサノさん。

いまは表参道ヒルズとなっている同潤会アパートにあったギャラリーなどで、展示をしていたそうです。(同潤会アパートについては、後述します)

当時の絵は、見た人から「こわいね」とか「重たいね」と言われることが多かったそうです。

アサノさん自身も「シュールで気持ち悪かった」と振り返ります。(巨大な魚が縛られたりしていたそうです)

しかし、卒業後に応募した二科展では、作品が入選。授賞式にも出席したそうですが、その写真に写る若きアサノさんは「とても不満そうな顔をしていた」と言います。

その理由は、2つ作品を応募して、自分のそんなに好きじゃなかったほうが選ばれたから。(入選すごいのに!)

そうして、いろいろなアルバイトをしながら、絵を描いていくことになります。

ふさがりかけた胃の穴

アサノジュンコ

コレクションしている電話たち

しばらくのフリーター生活を経て、IT企業に就職。

会社から帰って、夜中まで絵を描く、という毎日が続くようになり、ずっと寝不足だったそうです。

たまに遅刻もしながらの会社員としての生活は、そこから13年続くことになります。

企画展などにも相変わらず参加していたアサノさん。会社員と絵描き、という2つの生活を掛け持ちしていただけではなく、なんとフリーター時代から、地元の吹奏楽団に所属し、一時期は副団長まで務めていました。

担当していた楽器は、中1から始めたというホルン。土日は、コンクールやイベントでの演奏、練習などに出かけていく日々だったそうです。

寝不足で多忙だったアサノさん、あるとき吹奏楽団に、分裂騒動が起こり、胃の痛い日々を過ごすようになります。ついに、病院に行くと「胃に穴がふさがりかけている痕がある」と言われたそうです。(気付いて!)

70人くらいの人がいたという吹奏楽団は、その後2つに別れ、アサノさんはそのどちらからも離れることを決めました。

2000年頃、はじめての個展を開きます。「なんか違うな」と思いながら、人物や花を描いていたそうです。

追憶のタヌキとかヤギ

アサノジュンコ

これから色付けされるアライグマ

はじめての個展を開く頃は、爽やかめで明るい色遣いの絵を描いていたというアサノさん。

当時、よく訪れていた麻布十番の骨董屋/ギャラリー/カフェで、古道具と絵のコラボレーションをしないか、と誘われ、2回目の個展を開くことになります。

「このときのコラボが、今に繋がるきっかけになった気がする」という、その個展。

古いビーカーの置いてある隣には、ビーカーを描いたアサノさんの絵が展示され、その中には小さな魚も描かれたりしていたそうです。

記者

残念ながら、今そのギャラリーはもうなくなってしまったそうですが、アサノさんの作り出すたくさんの作品の中に、古いもの・懐かしいものが見え隠れするのは、きっとこの巡り合わせも大きな理由の1つなのですね。

この頃に参加していた別のギャラリーでの企画展でも、「象展」「羊展」といった動物をテーマにした企画が多かったらしく、自然と動物を描くようになっていきます。

そして、最近まであまり意識していなかったそうですが、小さい頃、家の近くに牧場があり、ヤギや羊によく草をあげていたそうです。

「正面から見たヤギの顔やその骨格が忘れられない」と、振り返るのは、小学校3、4年生の頃のこと。

他にもその頃、タヌキが学校に迷いこんできて、先生たちに捕獲されていたこと、海が近かったこともあって、小さい頃から、魚のはねるのを当たり前のように見ていたこと、シーラカンスが好きだったこと、江ノ島水族館にいつも行っていたこと、などがありました。

今でもよく水族館や動物園に行って、じっと動物を見ているそうです。「スケッチはしない」けど、いろんな角度で長時間「見る」。それが大事なポイントのようです。

そんな頃、とあるギャラリーから、作品を見せてほしい、とメールが届きます。今は馬喰町にあり、アサノさんが後に所属することになるgallery UG(ギャラリー・ユージー)との出会いでした。

同潤会アパート

 

少し、話が戻りますが、アサノさんが専門学校時代、今は表参道ヒルズになっているところにあった同潤会アパートのギャラリーで、グループ展をしていた、と書きました。

この同潤会アパートは、大正から昭和初期にかけて16ヶ所余りで建設された共同住宅です。

MEMO
同潤会は、1923年(大正12年)に発生した関東大震災の復興支援のために設立された団体で、木造家屋が密集した市街地が大きな被害を受けたことから、不燃の鉄筋コンクリート造(RC造)で住宅を供給することをその目的としていました。
戦時中に解散し、終戦後に東京都へと管理が引き継がれた後、各住民に払い下げられたそうで、1960年代以降、原宿や表参道がファッションの中心として発展するとともに、アパートの部屋はブティックやギャラリーとしても使用されるようになったそうです。

アサノさんが展示を行っていたのは、このうちの1つで、青山アパートメント(あおやまあぱーとめんと、同潤会青山アパート)。

2013年に全ての同潤会アパートは姿を消してしまいましたが、アサノさんはこの同潤会アパートにも強く影響を受けている、と言います。

アサノジュンコ

アサノさんが撮影した建物と猫

「壁が好き」というアサノさんは、日々、街のなかで見かける古い建物の写真を撮りためています。

とくに最近は「いつなくなるかと思うとハラハラする」そうで、昨年からインスタグラムでも、そういったレトロな建物の写真をほとんど毎日投稿しています。

反応はとてもよく、そのフォロワーは1,600人以上。「純粋に好きっていう気持ちは伝染するのかな」と語ります。

アサノさんの絵の中に必ずと言っていいほど登場する「壁」。それはとてもリアルに、でこぼこしていたり、ざらざらしていたり、ほんとうに長い時間そこに建って、たくさんの雨風やいろいろな人が通り過ぎた歴史が染み込んでいるかのよう。

「動物は登場人物で、なごませ役」というアサノさんの絵で、描くのに最も時間がかかるのはやっぱりその「壁」なのだそうです。

「壁がメインかもしれない」とも語るアサノさん。絵を描くときに、一番はじめに決めるのも、「どこに窓を描くか」なのだとか。

老朽化のため建て替えが進められながらも、建物の劣化は著しく、耐震性の問題でも建て替えを希望する住民が多かったそうですが、歴史的建築物として保存してほしい、と取り壊しに反対する運動も起こったという同潤会アパート。

若きアサノさんがそこで展示をすることになったことは、偶然とも必然とも分からない、素敵な巡り合わせだったように思えます。

海を越える動物たち

アサノジュンコ

台湾での展示風景

ポートフォリオサイトに掲載していた絵を見て、「作品を見せてほしい」と、ギャラリーからメールがあったアサノさん。

ある展示のときに、作品を見てもらい、当時は銀座にあったgallery UGの企画展にまずは参加してみることになりました。

そこから、段階的に個展を開いたりしながら、所属することになり、現在に至ります。

そうして、ギャラリーで開かれる展示だけではなく、国内のアートフェアや海外でもアサノさんの作品が展示されることになっていきます。

これまで作品が海を渡った先は、台湾・シンガポール・ニューヨークなど。

中でも、台湾ではとても反応がよく、アサノさんの作品を購入する人も多いのだそうです。

「古い建物や街並みが残っていたり、古いものをコレクションしている人も多くて、感覚が近いのかな」と言う台湾。

絵だけではなく、立体作品も積極的に制作しているアサノさん。とくに個展のあとなどは、実験的に新しいことにチャレンジしているそうです。

立体のすヽめ

アサノジュンコ

カピバラ寿司の色ぬり

同じギャラリーに所属している他の作家さんたちに、「根掘り葉掘り教えてもらって」ここ3年くらい制作しているという立体作品。

背景も自分で考えて世界を作る絵画とは違って、立体作品は「凝縮されている」。

粘土を手で触って、ぺたぺたとしているのも気持ちが良いらしく、「疲れた人たちにいいんじゃないかな」とオススメ。だんだんと形が出来上がっていくのが、絵よりも感覚的に分かる部分が面白いそうです。

そんなアサノさんの立体作品と言えば、いろいろな動物がお寿司に乗っている作品がとても気になります。

旦那さんがお寿司が好きだったことから、ふと「お寿司で表現しよう」と思い生まれた作品たち。

台湾の子どもたちにも大ウケだった、というこの作品。美味しそう、とかではなく、動物たちが「どれだけ心地よく、どうやってシャリの上に乗るか」を追求しているそうです。…不思議なことこの上なしです。

動物は外れるようにもなっていて、ちゃんと? ワサビも塗られているとかいないとか。気になる人はぜひ、実物を見て、確かめてみてください。

鳥獣的奇譚

アサノジュンコ

新しい作品たち

そんなアサノジュンコさんの個展が、8月20日(月)から25日(土)まで、馬喰町のgallery UGにて開催されます。

今回の展示につけられたタイトルは、「鳥獣的奇譚」。動物をメインに、大正〜昭和時代のノスタルジーがテーマとなっているそうです。

現代と比べて、「体力も想像力もはるかに豊かだったはず」という大正〜昭和時代。みんな横並びの教育によって、一人一人の想像力が減っていることに、アサノさんは危機感を感じていると言います。

「ひと昔前の日本に来たような雰囲気を楽しんでほしい。」
そして、「自分らしさを出しているから、みんなもその人らしさを見つけてほしい」とも語るアサノさん。

見所は、やっぱり「壁」と「窓」だそうです。

記者

「ゆっくりした時間を描きたい」というアサノさんの絵に描かれる動物たち、汚れている壁や狭い路地、古い家とその街並み。そこには、忙しくてとてもスピーディーな現代の生活のなかで、見落としてしまったり、忘れてしまいそうな何かが織り込まれているように思います。

最後に、どうしてアサノさんの絵の背景には山とか森とか、出てこないんですか? と聞いてみました。

するとアサノさんは、秩父へ建物を見るために、1人でビジネスホテルに2泊したとき、秩父の作家さんたちの作品を見ていたら、みんな街から見える山を描いていた、というエピソードを話してくれました。

「山に住む画家が山を描くように、そこに街があるから」

それがアサノさんの答えでした。

暮らしている街並み、好きで見つけて写真に収める古い建物たち。そこにある壁や窓。アサノさんがそれらを描くのは、とても普通で、自然なことなのだな、と思いました。

アサノさんがこの先、例えばジャングルの中に住むようになったりしたら、そのときは絵の中にジャングルが現れたりするのかもしれません。

よく富士山を描いていた、というアサノさんのおじいさん。その家の前からは、富士山が綺麗に見えていたのだそうです。

アサノジュンコ展 〜鳥獣的奇譚〜

日程: 2018年8月20日(月)〜8月25日(土)

時間: 11:00〜18:00
*最終日のみ16:00まで

会場: gallery UG
https://gallery-ug.com/

住所: 東京都千代田区東神田1-14-11 ヤマダビル1F

電話: 03-5823-7655

アサノさんのウェブサイトはこちら
http://ateliermodern.com/

レトロな建物の写真がアップされているインスタグラムはこちら
https://www.instagram.com/ateliermodern/

展示期間中は、アサノさんご本人に会って、直接作品について話を聴くこともできるかもしれないそうです。

アサノさんの描く「ゆっくりした時間」や動物たちや壁や窓。ぜひその目で見たり、(一部に限って)触ったり、感じてみてください。

対話のすヽめインタビュー#001は、展示の期間中も、もしかしたら今頃も、、、
なにかに落書きをしている美術家のアサノジュンコさんでした。

記者

好きなことは突き詰めるべし!